読みもの

スペシャル企画『椿ノ恋文』小川 糸さんインタビュー

2025.02.21

第70回伊豆大島椿まつりのテーマである「風土」とは、土地の気候や景色、その土地に根付いている生活文化や風習を表す言葉で、人々が長年紡いできた、その土地「らしさ」でもあります。今回の椿まつりで大切にしている「大島らしさ」を伝えていくにあたり、小川糸さんの小説『椿ノ恋文』に出会いました。

『椿ノ恋文』は、累計70万部のベストセラー「ツバキ文具店」シリーズの最新作です。鎌倉で代書屋を営む主人公・鳩子が、亡き先代の秘められた恋を知ることから物語が始まり、先代が愛した男性と交わした数々の手紙を供養するため、鳩子は伊豆大島を訪れます。物語に登場する場所や風景はすべて実在するもので、大島の風土や人々の暮らしが細やかに描かれています。

今回は、そんな「大島らしさ」が詰まった小説の作者である小川糸さんに、スペシャルインタビューを行いました。

小説『椿ノ恋文』

「いつか」ではなく、今、大切な人に伝えたい。
累計70万部のベストセラー、「ツバキ文具店」シリーズ最新作。
鎌倉と小高い山のふもとで、代書屋を営む鳩子。家事と育児に奮闘中の鳩子が、いよいよ代書屋を再開します。可愛かったQPちゃんに反抗期が訪れたり、亡き先代の秘めた恋が発覚したり、新しく引っ越してきたお隣さんとの関係に悩まされたり……。代書屋としても、母親としても、少し成長した鳩子に会いにぜひご来店ください。

母とはじめてのふたり旅

ー小川さんと伊豆大島の出会いは、お母様との初めてのふたり旅だったと拝見しました。
その旅の思い出が、今につながり、小説の舞台に選んでいただけたことはとても嬉しいです。

小学校の卒業記念で母と伊豆大島を旅しました。夜通し船に揺られて到着し、民宿で休憩した後、三原山の観光乗馬を体験したことを覚えています。どうしても馬に乗りたくて、わがままを言って一人で乗せてもらいましたが、途中で心細くなってしまって…。でも母の顔を見たとき、すごく安心したのを覚えています。

取材でもう一度三原山を訪れたとき、改めて険しい道を登ったんだなと思いました。3月の終わりでまだ寒かったし、風が吹きつけると逃げ場がないような、荒々しさを感じましたね。

あと、母が帰る時にツバキの苗木を買って、実家に植えました。そのツバキが大きく育っていくのを見るたび、母との初めての旅を思い出すので、私にとって伊豆大島は特別な思い出の場所です。

伊豆大島は、すごく色気のある島

本作では、椿の島と恋愛模様が掛け合わされていて、とても印象的でした。『椿ノ恋文』を描くに至った経緯をお聞かせいただけますか。

そうですね。伊豆大島は、ものすごく色気のある島だなと感じました。本州との距離感が絶妙で、近いようで遠いような、遠いようで近いような、そんな感じが恋愛に通じるものがあるなと。

海で隔てられているから、波が荒れると簡単に接岸できないこともあって、そんな自然の厳しさも、恋愛の距離感に重なる気がしました。

小説の中には、伊豆大島の景色や人々の暮らし、日常がたくさん描かれていますよね。取材はどのように進められましたか。

2021年の冬に伊豆大島を訪れ、一棟貸しのお宿に泊まりました。そのお宿のオーナーさんはガイド業もされていて、地元のことをたくさん教えていただいたことが大きかったです。他にも、三原山に登ったり、溶岩を見たりと、島の大自然に触れながら豊かさを実感することができました。

椿の花も至る所に咲いていて、訪れた時はまだ咲き始めだったのですが、大島には約300万本ものツバキが自生していると聞いてびっくりしました。満開になる時は相当綺麗なんだろうな。しかも、椿油を搾るために地元の人々がみんなで種を集めているのですよね。そんな習慣もいいなと思って、椿は大島の暮らしに密接しているのだと実感しました。

作品にも書きましたが、大島の道を歩いていると、至る所に椿が咲いていて、普通の道が椿のトンネルになるのもいいですよね。その光景は他の場所でなかなか見られないと思います。

瀬戸内海の作品を手掛けたり、さまざまな島を見てこられたと思いますが、小川さんが島を知る上で大切にしていることは何ですか?

やっぱり、その土地の『普通の暮らし』を知ることですかね。島の人たちが日々どんな風に暮らしているのか、それを知るために直接お話を伺うことが大切ですね。

波浮港にあった古民家カフェは、島を知る入り口として、とてもほっとする空間でした。使っている素材はすべて島のもので、大島牛乳や地元の障がい者支援施設が製造するパンのことなど、さまざまなことを教えてもらいました。店主さんがすごく魅力的な方なので、島にそんな方がいると、あの場所に行きたいとか、あの人に会いたいとか、その地を訪れたい気持ちが生まれるんじゃないかなと思います。

島の普段の暮らしを知るという意味では、波浮港で人気のコロッケも良かったです。地元の人が何十個も注文している姿が面白かった。それに、たまたま港の工事で島にきていたおじちゃんと話す機会もあったりして、すごく楽しいひとときでした。

イラスト:Sugasawa Maiko

冬に咲く、特別なシンボル

ー主人公の鳩子が営む「ツバキ文具店」や本作「椿ノ恋文」など、小川さんは一貫して「椿」を取り上げていますが、やはり椿は特別な花として捉えているのでしょうか。

作品を書く上で、シンボルになる木があったらいいなと思っていたんです。舞台の鎌倉を歩いていると、冬の寒い時期に咲いている椿を見つけて、その姿がとても美しくていいなと思いました。

しかも、漢字で『木』に『春』と書き、とても綺麗な字ですよね。一作目は、文具店の名前としてカタカナの『ツバキ』を使いましたが、今回は漢字の『椿』を使いたくなりました。

椿って、花が落ちた姿が本当に美しいですよね。花が地面に落ちて広がる光景も、本当に幻想的というか、綺麗だなと思います。しかも、常緑樹として一年中青々とした葉っぱを茂らせているのも魅力的ですよね。

ー『椿ノ恋文』の物語に描かれる伊豆大島の食文化や人々の暮らし、何気ない日常の一コマは、どれも「大島らしさ」を切り取ったものばかりです。人々がその魅力に惹かれ、魅了される背景には、その土地ならではの風土が息づいています。今回のインタビューを通じて、小川さんが描き出す「椿」を取り巻く物語の世界観が、椿まつりのテーマである「椿とめぐる風土」と重なるとともに、小川さんのナチュラルな佇まいと素敵な言葉たちに、冬の季節に艶やかに咲く椿のような、凛とした美しさをみました。

小川 糸

作家。デビュー作「食堂かたつむり」が、大ベストセラーとなる。同書は、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジェ小説賞を受賞。『ツバキ文具店』、『キラキラ共和国』『ライオンのおやつ』は、「本屋大賞」候補となる。そのほかの著書に、『とわの庭』『椿ノ恋文』『小鳥とリムジン』がある。
ホームページ「糸通信」https://ogawa-ito.com

伊豆大島椿まつりコンセプトブックより転載